21世紀日記

ページの趣旨

おめでとう、こんにちは21世紀。

ながらく更新が止まっていたこの日記も、新世紀を祝して復活してみたりするわけだ。

例によって3日で飽きるかも知れないのでその場合はご了承下さい。

未来編

0201023(★曜日)
風邪ひいてます。しかし薬飲んでハイです。うひょひょひょひょ(何を飲んだんだ)
ところで、最近リチャード・コーベンが気になってしょうがない。ブラシでコテコテの絵を描く「ヘビーメタル」の「デン」描いてた人ね。
独特の色彩感覚を持ってる人で、昔は単に「ヘンな色を塗るなあ」としか思わなかったのだけれど、そのアカデミズムとはまったく無縁の奔放な色使いが、最近俄然ナイスに見えてきたのね。
考えてみれば、この人の「ロルフ」を、宮崎駿はアニメ化しようとしてたわけで、当時としてはおっさん、相当にトンがっていたんだなあと思うことしきり。今でこそ「ナウシカ」のオリジンとして「デューン」「地球の長い午後」「アルザック」などが挙げられるようになったけど、当時これらをミックスして独自に視覚化しようとしていた人間なんてまったく皆無だったわけで、山本弘だかがオタク談義に語っていた「宮崎駿が漫画描くって言うから期待してたのにメビウスのモロパクでがっかりした」なんてのは、リップサービスもあるにせよ相当眉唾だと思う。
おめえ、単に東映直系の活劇アニメ監督としてしか認識されてなかった当時の宮崎駿に、どうしてそうまで絵的なオリジナリティを期待できるんだよ。
しかし果たして現在の我々が、周囲の新しい才能をそんなにも貪欲に吸収して自作に反映させようとしているかどうか、はなはだ疑問だなあ。
さらにしかしリッチ・コーベンの話のはずが、いつの間にか宮崎駿とか山本弘の話になっているのはどういうワケだろうなあ。
ああ、早く寝よう。

0201020(★曜日)
そろそろHPを復活させようと思いますが、明日挫折してるかもしれませんのでご了承ください。
ところで、先日夢の中で「絶対に超ヒットするアクション映画のアイディア」を思いつき、「こ、これをどうして今まで誰も思いつかなかったのだ!」と、これも夢の中で大興奮したのだが、起きたらきれいさっぱり内容を忘れてしまった。「登場人物全員がなんかブルース・リーみたいな格闘技の達人で・・・」というところまでは覚えているのだが・・・そっからどうなったんだろう。
アマゾンドットコムで、ついにリリースされた「コヤニスカッティ」、「パワカッティ」、「バラカ」DVD速攻購入。リージョン1だが、我が家にはNUONあり、おお!なんか初めてNUONが役に立ってるぞ!これまで「コヤニスカッティ」しか見られなかったので感激。
一応説明すると、これはMTV映像のハシリみたいな実験映画で、セリフやストーリーが一切なく、風景の断片と音楽の積み重ねだけで織り成す映像詩みたいなやつね。
「王立宇宙軍」の、クライマックスんとこのパクリネタとしても有名。
ビデオとLDが一応出てたけどもちろん廃盤で、ヤフオクで買ったのを大事に見てたのだ。「モロダー版メトロポリス」「盗まれた飛行船」に並ぶ、個人的DVD希望ソフトベスト1だっただけに大満足。
「ひゃらりらりら、ひゃらりらりら こや〜にすかってぃ〜」という、フィリップ・グラスの妙ちきりんな音楽がたまらん。
これ綴りからいって「カッティ」じゃなくて「カッツィ」じゃないかと思うんだが。それはさておき、アメリカではちょうどいまこの「カッティ」シリーズ完結篇にあたる「ナコイカッティ」が公開中なんだそうな。
http://www.koyaanisqatsi.org/index.php
早いところ日本でも見られないかな。
0209●●(★曜日)
「鬼平」とエイリアン
最近、池波正太郎の「銀座日記」を読んでいる。「鬼平犯科帖」「剣客商売」などでお馴染みの、時代小説の人ね。
この人は映画と美食が大好きで、とにかく気持ちよく読ませるその文章の巧みさも相まってオレのお気に入りなのだ。
書いてる小説が江戸時代の話なので、なんとなく作家本人もものすげえ爺さんのような印象があったのだけれど、実はわりと最近まで生きてた人なのね。
「銀座日記」のほとんどは映画と食事の話なのだけど、その中に
「エイリアン2」
「デューン 砂の惑星」
「ブルーサンダー」
「スターウォーズ・ジェダイの復讐」
「インディ・ジョーンズ 魔境の伝説」
などの「オタク属性」な単語がポンポン飛び出してくる、そのギャップが面白くてしょうがない。気の若い人なのか、総じてSFに好意的なのだ。
特に、「エイリアン」の女丈夫シガニー・ウィーバーが大のお気に入りらしく、ことあるごとに引き合いに出されているのがなんとも楽しい。
ついでなら、「さよならジュピター」とか「風の谷のナウシカ」についても書いてくれてるとうれしいのだけれど、どうもそのころはフランスに旅行とか行ってたらしくて抜けてるのが残念。しかしまだ読んでる途中なので後半から突如
「実は最近アニメーション映画にハマりまくってもう大変。マクロス最高!」
とか書いてあるかもしれない。それはそれでイヤだなあ。

0204●●(★曜日)
ちょっと前から韓国が、アニメやゲームに、国を挙げた支援体制で力を入れてますね。
日本ではだいたい、「そんなの国でやるようなもんじゃねえだろ。」という意見がほとんどだったと思うのですが、最近ではなんかこれがどんどん侮れないレベルになってきた感があります。
こないだ見た「白い心ベック」なんていうアニメは、内容的には名作劇場をガケから落としたような程度だったものの、それまでの韓国アニメでは全く見られなかった「とにかくちょっとでもマシな、自分たちの作品を作り出そう」という姿勢がはっきりと打ち出されていて仰天しました。
それははっきり言って、メディアミックスによる資金回収システムと化した、今の日本のアニメにはほとんど見られないものです。
国による文化支援それ自体には、私は何の脅威も感じません。
たぶん日本でもちょっと前に大勢いた、口先三寸の手合いを四、五年潤わせて、それで終わりでしょう。
しかし、そういった流れの中で、金儲けと勘違い以外の、まっとうな志を持った人間が確かに現れてきているという事実には、大きな驚異を感じざるを得ません
それはおそらく、「商業的な創作」というものに、まだ情熱とハングリーさを失っていない、韓国の文化的土壌なのでしょう。
それはまた、日本では80年代を最後に失われてしまったもののような気がします。
今や、日本アニメ唯一の良心と呼ばれるようになってしまったジブリ作品ですが、その後継者は、案外日本以外の国に現れることになるかも知れませんね。

0204●●(★曜日)
こないだテレビで、アフリカのレスリングの話をやっていてなかなか面白かった。
村一番のファイター同士が、祭りで対戦するのだが、もうこれが武術でなくて完全に呪術なのね。
お互いトレーニングで体鍛えて、体に油を塗って相手に捕まりにくくしたり、足を捕まれたりしないように姿勢を低くしたりと、それなりの武術的な戦略を立ててはいるものの、圧倒的優勢だったファイターが、なんと呪術師の与えた腕輪を相手に奪われたのが原因で負けちゃうのよ。
これがね、もう、単に腕に撒いた安っぽい腕輪をブチ切られただけで、肉体的ダメージなんてまったくゼロなんだけど、奪われた瞬間ファイターが「もうダメだ!」って戦意喪失してしまうのが、ありありとわかるのね。
それは、肉体的能力なんて超越した、彼の生きている呪術的世界における敗北なのね。「こ、これぞ生きた呪術的闘争!」と感動しました。
今は科学不信の時代で、呪術や魔法を題材にしたファンタジーがいろいろあるけれど、
なにしろ我々はスレた現代人なので、普通に「魔術」とか言っても、もう素直に恐れおののかないのよ。
「何?それって結局なんなの?ホントにスゴイの?」みたいな観客の無言のツッコミが、
魔術を、「稲光ビカビカ、炎メラメラ、津波がドバー」みたいな、いかにも即物的な驚異にしちゃってるのね。
ハリポタも、指輪物語もそうだけど、ファンタジー映画で、魔法による対決がいまいち盛り上がらないのは
現代に生きる我々が、魔法や呪術に対して、そもそもこの程度の貧困なイメージしか共有していないからだろうと思うわけよ。
昔学校で習ったんだけど、「ブードゥーの呪い」ってあるでしょう。あれ現地の人は全員「かけられたら死ぬ」と固く信じてて、「病は気から」の見本のように、「ヤバい!オレきっと死ぬ!そういえば最近なんか具合が!」とか激しく思い悩んで、自己暗示だけで本当に死んじゃうんだって。
もしも、こういった呪術的な世界観を、なにか新しい形で現代の観客にも共有させることができれば、稲光なんか出さなくても充分面白い「魔法」が作れるハズなんだが。
まあ、それって「疑似科学」という名で、すでに世界中にはびこっているんだけど。
ああっ!もっとトリハロメタンを減らして、カルシウムや亜鉛やアミノバイタルを摂取しないとオレ死ぬかも!そういえば最近なんか具合が!

0204●●(★曜日)
「ブラックホーク・ダウン」を見る。良くも悪くもリドリー・スコット&ブラッカイマー。
ポイントは三点。
まず、迫真の映像。
これは「プライベート・ライアン」的映像、つまり、シャッタースピードを上げた手持ちカメラによる、ドキュメンタリー風な主観映像の発展系として、一見の価値があるよ。いかにもリドリー・スコット的なケレンの効いた凝った絵作りと合わせて、戦闘開始から息をもつかせぬ迫力で観客を叩きのめす。特に、一瞬映写事故かと思うような、兵士が自分の手を失うシーンは凄い。
次に、アクション構成ダメダメ。
これはもうリドリー・スコットである以上、しょうがない部分とも言える。
こないだの「グラデュエイター」がそうだったのだが、この監督「自分がここに、敵がそこにいて、敵がこうくるから自分はこうして、それでこうなって・・」という、アクションを絵で見せる組立が全然できないのだ。
事実をもとにした、リアリティ重視の内容であり、また舞台が大混乱してる戦場だとは言え、「各兵士が、どこで、なにをやっているのか」という部分の描写がきわめて大雑把なために、物語としての展開がギクシャクした部分が少なくなかった。
皮肉なことに、ここらへんをマンガ的に割り切って演出するスピルバーグの「プライベート・ライアン」のほうが、よほどうまく「戦場のリアリティ」と「物語的展開」とを両立させている。
最後に、ハリウッド的欺瞞。
「パールハーバー」(見てないけど)の100倍くらいマシだと思うのだけど、ラストで突然、アメリカの軍事介入弁解映画になる。
「オレたちの戦うのは、仲間のためだ。」とか「他人の戦争に関わって英雄を気取りたいんじゃない、結果的にそうなるんだ。」とか。
これは多分ブラッカイマーが絡む以上どうしようもないのだろうけど、皮肉屋のリドリー・スコットが無言で示す
「ほら、こんなワケの分からない土人の国に関わると、ロクな目に遭わないんだよ」というメッセージと、いかにもな不協和音を立てていた。
何がスゴイって、エンディング。
「この事件で19人のアメリカ兵と、千人を超えるソマリア人の命が失われた」って、アメリカ側だけ、いちいち19人の名前がズラズラ出てきて、「作戦司令官は、その後全責任を取った」とかやってるのだ。
さりげなく50倍くらい殺してるんだから、わざわざ名前出すんなら千人を超えるソマリア人の方も出してやれよ!
オレはアメリカの西部劇的正義だって、他に比べりゃまだマシな方だと思ってるのだけれど、
だからって、それをわざわざ胸張って誇るような部分には、脆弱な日本人としても、ちゃんと突っ込みを入れておかないとな。
0202●●(★曜日)
「指輪物語」を見る。カタカナのタイトルがどうにも好きになれないので。
実はオレ、この本以前に途中で読むのを投げ出してしまったので、実に新鮮な気持ちで見られた。
だって、あの訳なんかあまりにヒドくないか?(原著で読んだことないから知らないが)
さて映画の方だが、これがもう「アメリカンステーキディナー・デラックス」みたいな、これでもか!の内容で、もうお腹一杯。
とにかく三時間ノンストップ、トイレにも行けないし、寝かせてもくれない力業。
「ああ、じいさん死んだし、地下迷宮も抜けたからそろそろ終わり・・・げっ!まだ終わらねえ!」
見終わるとドッと疲れますが、料金分の見ごたえは保証します。
それにしてもピーター・ジャクソンってカッコいいよな!
ハシゴして「モンスターズ・インク」も見る。
こちらは・・・かなーりガッカリ。
いや、純正ディズニーに比べれば100倍マシなんだけど、監督が交代して、ピクサーの一番の武器だった「まっとうな物語作り」を放棄している部分が多々あって残念でならない。
三年間脚本を練った、とかどこかに書いてたけど、こねくり回して筋をメロメロにしちゃってるのが明白。
その場の面白さみたいなものを膨らませすぎたために、キャラクターや世界観がいかにも薄っぺらく、説得力のないウソッパチになってしまっている。絵がきれいなだけに空しい。きれいに毛を生やしたくらいで喜んでてどうするよ。
やっぱりラセターって得難い才能だったんだなあ。
0112●●(★曜日)
「金子ゴジラ」を見る。去年のミレニアムに比べたら1000倍マシ。しかしあいかわらずの金子節で、映画としてはもうガタガタ。
特に宇崎竜童がヒドい。とにかくこの監督、ナショナリズムとエロチシズムへの歪んだ情熱だけで映画撮ってるのね。
てめえの国防思想や女性観なんかどうでもいいから、プログラムピクチュアとして、まっとうに最後まで撮りきれよ、という感じ。
性格の不一致かなんかで樋口を切ったのも痛い。今回よく分かったのは、特撮って絵心だなあという点
ミニチュアの精度はいいのに、とにかくレイアウトが凡庸。もったいないなあ。
010601(金曜日)
ちょっと期待していた「メトロポリス」を見る。
せっかくだから銀座まで行ったのだが、マリオンじゃないのね。年輩の方々もちらほらと見えるのが手塚パワーといったところか。
感想。ものすごーい映像。それを惜しげもなくドブに流すような、さらにものすごーい脚本と演出。劇場で腰を抜かした。
大友克洋が脊髄反射だけで書いたと思われる脚本は、かの「ゴジラ2000」に匹敵するか、なまじ映像がいいだけにそれを上回るようにさえ見えるほど、稚拙で古くさく陳腐なもの。
映像センスは文句ナシのピカイチながら、それを秩序立て、時間軸にそって盛り上げていく能力に全く欠けた、りんたろうの演出も、多少覚悟はしていたんだが、本当にまったくダメダメ。
大好きな名倉靖博デザインによるレトロな手塚キャラ(ケンイチが妖しく美しい!)と、圧巻の動画枚数15万枚、大友モドキながら壮絶に美しい背景美術以外、見るべきモノはまったくないと言ってよい。
(売り物らしいCGは、いかにもそこらへんの若造が頭でっかちに作ったみたいな、どーでもいい出来である)
上映時間107分が3時間に思える冗長さはどうだ。
ただ、こっからが問題なのだが、この目を奪われるような才能や知性のきらめきと、どうしようもない底の浅さ、愚劣さとが同居し、複雑に混ざり合って、しかし、たとえようもなく巨大にそびえ立つのが、まさに手塚治虫の、そもそもの姿というものなのだな。
考えてみれば、多分手塚本人がこの「メトロポリス」を監督したら、さらにとんでもない駄作になっていたであろうことは想像に難くない。(ああ、目に見えるようだ。)
その意味では、これこそ手塚アニメの決定版と言えるのかも知れない。
0105××(☆曜日)
ビデオで借りてきた「エンド・オブ・ザ・ワールド」を見る。
終末SFものの佳作「渚にて」のリメイク版である。
パッケージに、すっかりジャングルに覆われたニューヨークとか描いてあって、期待を持たせるのだが、作中にそんなカットは金輪際登場しないことが後に判明。ここらへんですでに前途に暗雲が立ちこめる。
開始5分。核戦争で世界はほぼ壊滅。大気は放射能で汚染され、辛くも水中に難を逃れた原子力潜水艦。はたして浮上可能なのか?、測定ブイを浮上させて放射能濃度を調べるシーン。
主役は艦長。艦内が不安に動揺しているカットが続くので、てっきり「みんな落ち着け!」とでも言うのかと思ったら、もっと不安にかられて、なぜか髪をかきむしる。
突然艦長の後頭部のアップになって、髪から飛び散る汗のスローモーション。(なんだこりゃ)
なおも不安の収まらない艦長。タイアップらしい「クリスタルゲイザー」のペットボトルを慌ただしく口に含むも、焦ってシャツにこぼしてしまう。
また突然艦長のシャツのアップになって、シャツにシミを作る水のスローモーション。(なんだそりゃ)
「火曜サスペンス」みたいな安〜い演出と、これまでオレが映画で見てきた中でもっとも貫禄のない艦長の姿に、いきなり2倍速再生決定。以後感想も倍速でお送りします。
予算がないのか、プロデューサーの趣味なのか、以後登場するキャラも奇怪なヤツばかり。
なんとかまだ放射能の影響を受けていないオーストラリアに上陸し、ここにも放射能が迫る前に、生存の望みを託して決死の航海に出る潜水艦。
調査のため同行する連科学者は見通しに悲観的で、それはそれでわからんでもないのだが、アロハシャツに短パンで、「ダメ!もう絶対ダメ!オレの計算だと人類滅亡!放射能出まくり!」とわめき散らして皆のテンション下げまくり、最後は唐突に赤いフェラーリをぶっとばし、看板につっこんで爆死するというのは、あまりにキャラが立ちすぎていると思うのだがどうだろう。
航海途中で、「ここはボクの生まれ故郷なんです。放射能は規定値オーバーだけど、ここで死ぬなら本望です。」と言い出すのはわからんでもないけど、そこでいきなり艦を脱走して、のんびりボートで釣りを始めるソナー手もちょっと問題あるよな。ソナーはどうするんだよ。
しかし圧巻なのは、オリジナルにもあった「死に絶えたはずの地上から、送られ続ける謎のメッセージを探る」のくだりだろう。
放射能完全防御のため一時間しかもたないスーツに身を包み、測定された地点を目指す艦長。そんな危険な任務を部下に任せず、喜々として現場に向かうアクティブさもナゾだが、そっから先の行動はさらにナゾ。
時間が迫ってるのに、任務とはまったく関係なく、持ち前のフットワークの軽さで、そこらへんの民家にいきなりズカズカ上がり込む艦長。家の住民が全員寝室で死体となっているのを見つけるや、「やっぱり死んでる!オレの家族もきっとこんな風に死んだに違いない、いや、きっとそうだ!うおお〜!妻よ〜!息子よ〜!」
見て仰天。とにかく脚本がスゴイ。こんなエンターテイメントと両立したデタラメ話はちょっと見たことがない。
010506(月曜日)
一部で話題らしい細田守監督の「デジモン映画版」の1.2を借りて来て見る。
「デジモン1」を見て仰天。こりゃ才能あるわ。とにかくミドルとロングの使い方がうまい。耳がいい人らしく、音楽と絡めたカット割りのテンポも抜群。まんがまつり(最近はアニメフェアとか言うらしいが)のプログラムピクチュアの中でここまでやったのは立派だ。すげえ。さすがに2では、長尺のテンションを維持できず散漫になった感はあったが、こりゃウカウカしておれんわ(だから何が)とか思ってたら、話を聞いて見たいといったヤマシソが実につまらなそうに見てるので逆にちょっとだけ安心。たしかにこの人の評価は玄人受けのたぐいのモノかも知れないな。
010503(水曜日)
一部で話題らしかったスパイク・ジョーンズ(だっけか)監督の「マルコヴィッチの穴」を借りて来て見る。
たしか劇場公開当時はそれどころじゃなかったのだ。
見て仰天。とにかく脚本がスゴイ。こんなエンターテイメントと両立したデタラメ話はちょっと見たことがない。
(たいていデタラメのためのデタラメになってしまうのだ)全く意味不明なのに、ぐいぐい引き込まれるストーリー展開にはスナオに感心。こういったやり方が商売としてアリということになれば、けっこうアメリカ映画も変わりそうな気もする。そっちに気を取られすぎて、肝心の監督の手腕の方は正直よくわからんかったのだが、いずれまあ凡庸なものではなかろう。どっちかというとカメラのほうが印象に残ったけどね。
しかし、脚本といい監督といい、こいつらみんな俺らと同年代、悪くすると年下なんだよなあ。そこらのマスコミに吹いて持ち上げられてるクリエイター様が何歳だろうと全く気にならないが、奇想なら誰にも負けないと密かに自負していたりするワタシとしては、こういうのを見ると、こりゃウカウカしておれんわ(何が)、とか思うのであった。
01050?(?曜日)
最近近所のリサイクルショップでスーファミソフトの「ジャケ買い」に夢中。
なんたってスーファミやメガドラというのは一番「ああっ!この中に16ビットの楽しいデータが32メガもっ!」みたいな「ロムとしての充実度」が高い時期であって、定価一万円とかで売られていたソフトが、600円とかになっているのを見るだけで、何か人生にでも買ったような気がするのはただの幻想で、本当は負けてるんだけど判ってるんだから指摘してくれなくてもいいよ。
というわけでスーファミの「迦楼羅王」が最高〜。
これぞコンシューマーゲーム〜。地味だけど、すごくウェルメイドな、佳作横スクアクション。
ステージ構成や、ボスの攻略にそれぞれ趣向を凝らしてあって、まあ楽しい。
010210(土曜日)
わははは、ここに何か書いてあったが削除だ。わはははは。
0102●●(☆曜日)
みんだなお先生推薦ながら、すっかり見損なっていたギャラクシー・クエストなど見る。
渋谷シネクイントの単館上映なのだが、まだ見られるだけマシだ。
座席の配置とかそこそこの音響とか、意外と劇場の雰囲気はなかなか。これで画面がちゃんと大きければ言うこと無いんだが。
もう皆様ご存じでしょうが、映画の方はかなりグー。特に私の周辺にゴロゴロしている、ワンフェスでつい佐々木剛とか見に行ってしまうオタク連中なら泣けること間違いなし。
よくできた脚本と、手堅い演出の助けもあって、「オトナになることを拒否する人々の切なさ」みたいなものがよく描かれていると思います。(突然口調が改まりますが、)
単館上演なのを嘆いて居られる方も多いと思いますが、私は逆に、秘密の大事な宝物を一個もらったような気になりましたね。
個人的には「耳をすませば」が、「これを見て、モノ作りとして何も感じない奴とは仕事したくない」映画であると同様に、
「これを見て、オタクとして何も感じない奴とは酒を飲みたくない」映画に認定しました。
ちなみにあと「これがわからない奴とはゲームの話をしたくない」認定マシン・バーチャルボーイとか、「これがわからない奴とはガンダムの話をしたくない」認定MA・ザクレロとか、いろいろあるんですが。
010203(土曜日)
一ヶ月も過ぎてから今更ながら、新世紀おめでとうございます。
よく見たら4ヶ月ぶりくらいの更新で、ここ数ヶ月を振り返りちょっとシミジミ。
ようやく一区切り付いた感じで、関係者の皆様にはご心配をおかけしました。
近況などをいろいろと・・・
各方面で大人気のパワパフ、いっつも録画を忘れて、断片しか見られないのだが、それが逆に想像をかき立てて困る。
ああ、きっと全部見たらもっともっと面白いに違いないぞえと思うと、夜も眠れず今日もお仕事です(ちょっと違う)。そのうち日米合作で「東映まんがまつり、オジャ魔女どれみ対パワーパフガールズ」とかやってくれないかしら。
「あれが日本のオジャ魔女か、噂ほどでもねえ、オレなら空から攻めるぜ!」とか言ってほしいぞ。当然見せ場は「バターカップ、合成獣グランゲンに特攻して爆死」とか「オジャ魔女ブーズター登場!」とかだ。
関係ないけど、「光波獣ピクドロン」って、最近一時期、雑誌表記が「ビクドロン」にならなかったか?
0101●●(☆曜日)
最近あんまり見ないと思ってた上野耕二が「捏造と贋作」とかいうユニットでCDを出しててちょっとビックリ。最近のいいところで、web上で試聴してさっそく購入。
人外大魔境からとかのチョイスでやってるんだけど、歌手のスキルが低くて、贋作と言うよりパロディにしか聞こえないのがちょっと残念。
やっぱりこの人、やろうとしてることと、実際に活動している場所の質との間にギャップが激しいのが、いかにもかわいそうだと思う。組んでるメンバーが露骨にヘタなんだもん。本人は案外平気みたいなんだけど...。
オレはこの人の、圧倒的な技量と誠意と、同じくらいの悪意とが込められたウソッパチ音楽が大好きだ。
0101●●(☆曜日)
新宿のアイマックスシアターで「ファンタジア2000」など見る。アンコール上映だそうで、最初の公開中は見逃したオレとしてはウレシい限り。こういうのは大画面で見ないとな。
感想としては、「うーん、やっぱ最近のディスニ〜」って感じ。
お金をかけて、きっちり作りこんではいるものの、「絵に生命を与えているんだ」という描き手のエモーションが、ほとんどと言っていいほど失われているのがすごく残念。
そりゃCGも効果的に使って、技術的にはすごい進歩を遂げているんだけど、お客のほとんどは、挿入された旧作「魔法使いの弟子」の、稚拙ながらも妖しいまでの魅力に満ちた絵の方に軍配を上げると思う。
初期のアニメーションが、今も人々を引きつけるのは、単なるノスタルジーだけでなく、「絵が動くということ」への、描き手自身の素朴なエモーションが、濃密にフィルムに込められているからだと思う。
やっぱり絵というのは、最終的には技術でなく、描き手の精神性なり、込められた情念の力なりによって規定されると思うのだ。
ディズニーのアニメーションの魅力が、その「動き」にあることは、おそらくディズニー自身がなにより重視している点であり、その証明の意味での、今回の「ファンタジア」復活であろう。
しかしそれは膨大な作画枚数や、CG導入による美しい特殊効果を意味しない。
単に「新作アニメーション映画」のルーチンワークと化した新作ファンタジア2000は、旧作の足下にも及ぶまい。
(特にラプソディ・イン・ブルーは最悪)
しかし逆に、そうした精神性を失った現在のディズニーが、相も変わらずそこそこの成功を収めているということは、もはやアニメーションというものが、人々を惑わす魔法でなく、ただ消費されるべきメディアコンテンツ(笑)へと退行したことの証明かも知れない。
関係ないけど、製作期間が長かったためか、「ノアの洪水」なんかはいかにもデジタル事始め、みたいなショボいクオリティなのが興味深い。ひょっとしてライオンキングあたりのテストケースだったのかしらん。
0101●●(☆曜日)
またバーチャルボーイを購入してしまいました。これで都合8台目、いや、安く売ってるのを見るとフラフラ欲しく鳴るんだよこれ。
そういえば正月に「ゴジラ対メガギラス」を見ましたが、結構がんばってました。お正月らしく青空の下で戦ってくれるのがいいなあ。でもメガギラスのハネはCGのほうがいいと思うんだけど。あんなヘニャっとしたハネじゃ空を飛べんだろう。カラミが多いからしかたなかったのかなあ。
最近では、お決まりの魑魅魍魎、跳梁跋扈の図が実に感慨深い。多少は予期していたものの、実際体験すると結構シオシオ。
これを浅ましいトンビと取るか、得難い援軍と取るかで、ずいぶんと変わってくるはずなので、ここは全体を俯瞰して、オトナの態度だ...おお!なんかオレって成長してるぞ!
名にあらず、財にあらず、志を知る者は必ずやあり。